CANOE


太平洋のカヌー

カヌー(CANOE)という言葉は、漕ぎ手が前を向いて座り、片方のサイドをシングル・ブレードのパドルを使って漕ぐ舟を指し、ボートやカヤックとは区別されます。カヌーは主に太平洋エリアで発達した舟で、東南アジア、アフリカ東岸のマダガスカル、アメリカ大陸など広いエリアに様々な種類のカヌーを見ることができます。日本でも沖縄のサバニや太平洋岸各地に残る丸木舟はカヌーの特徴をよく残しています。

これらのカヌーの中で、細長い艇体とバランスを取るための横にせり出した浮(アウトリガー)が取り付けられたものを「アウトリガーカヌー(Outrigger Canoe)」と呼びます。ただし、アウトリガーカヌーというのは英語であり、元来太平洋の言語では「ワカ・アマ」「ヴァア・アマ」「ヴァカ・アマ」と呼ばれるようです。これらに共通するのは「アマ(アマ)」という言葉で、一般的にはアウトリガーのことを指します。試しに漢字変換してみると、「海士」「海部」などといった文字が出てくる。古代日本語はハワイやタヒチなどと同じルーツを持つと考えられますので、「アマ」とは海に深く関係するものを指す言葉なのかも知れません。

実際に、ハワイやニュージーランドに住むネイティブの人達は古代日本人(縄文人)と遺伝的に似通っているといわれます。最近の研究では、中国南部からラピタ人と呼ばれる人種がカヌーに乗り、長い年月をかけて太平洋の島々へ移動・移住していったことが明らかになっているのです。マゼランやキャプテン・クックといったヨーロッパの冒険家が太平洋に乗り出してきた頃には、既に殆どの島に人が住み着いていました。航行性能の高いアウトリガーカヌーに乗った人達が海を自在に渡り歩く姿にヨーロッパ人はさぞ驚いたことでしょう。

その後、アウトリガーカヌーに乗る太平洋の人々は受難の時代を迎えます。ヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌に冒され、植民地として抑圧されるなどして、アウトリガーカヌーを通じて海や自然と密接に関わってきた文化は急速に衰退していったのです。



世界のアウトリガーカヌー

元々、太平洋の島々では宗教的な意義を持つカヌー競争が盛んに行われていました。それぞれの島や集落は屈強な若者を揃え、先祖への祈りをこめ、また豊穣を祈ってアウトリガーカヌーの競争に臨みました。しかし、キリスト教の教えによって旧来の文化は否定され、抑圧の時代がこれら伝統を消し去ってしまったのです。

一旦滅びかけた太平洋の民族の象徴とも言うべきアウトリガーカヌーの文化は、20世紀に入ってからハワイが観光地として発展するに伴い、レジャーやスポーツとして復活を遂げました。島を訪れた人々は、この素晴らしい舟に乗って海を楽しみ、その魅力にとりつかれたのでしょう。こうして、ハワイではアウトリガーカヌーのレースイベントが盛んに行われるようになりました。最も典型的なレースが、ハワイ諸島のモロカイ島からオアフ島までの海峡を横断するMolokai Hoeです。現在でもMolokai Hoeはアウトリガーカヌーの最高峰レースとして毎年世界中からチームが集まり、過酷なコンディションの下、熱戦が繰り広げられています。

ハワイで高まったアウトリガーカヌーの人気は、一気に他のエリアへも波及しました。このキッカケとなったのが、水泳競技で名を馳せたハワイアン、Duke Kahanamukuです。彼はアメリカ代表としてオリンピックで活躍しただけでなく、世界中のビーチを訪れポリネシアの文化を広めて回りました。Dukeが伝えたのはサーフィンだけでなく、その起源ともいわれるアウトリガーカヌーやポリネシアンのライフスタイルまで幅広いもの。そして、同じ文化圏であるフレンチ・ポリネシア(タヒチ等)、続いてアメリカ西海岸、さらにアオテアロア(ニュージーランド)で、アウトリガーカヌー・レースは人気スポーツへとなっていったのです。

現在ではヨーロッパ、北米、南米、そしてアジアでもアウトリガーカヌーのクラブが組織され、人気は高まる一方です。ロンドンのテムズ川、ニューヨークのハドソン川、フィレンツェのアルノ川をアウトリガーカヌーが進む光景はもはや日常的。この次は東京・大阪の出番かもしれません。


アウトリガーカヌーの構造

アウトリガーカヌーは大きく分け3つの部品で構成されます。人が乗り込む本体、本体の横に張り出した腕木、そして腕木の先に取り付けられた浮。

本体はF1レーシングカーのようにスリムで、大人一人がやっと座れる程度の細さです。この細さのため抵抗が極めて少なく、パドリングによって効率よく進むことができるほか、保針性も高く、波の影響も受けにくいという優れた構造といえます。最近は建造やメンテナンスが楽なFRP(ガラス繊維強化プラスティック)といった新素材を用いたカヌーが一般的ですが、かつては山から切り出した大木をくりぬいて造られていました。木から削り出されたカヌーは重心が低く頑丈で、一旦走り出すと波の影響も受けずに走り続けることができるのです。

腕木は通常、本体の左側へ張り出すように取り付けられます。形状や本数はエリアによって様々なタイプがありますが、一般的なアウトリガーカヌーでは前後2本の腕木が取り付けられます。腕木はロープによって本体に結び付けられており、海のコンディションやカヌーの用途によって自由な調整が可能です。最近は腕木も本体と同じくカーボンやケブラーといった新素材で作られることが増えてきましたが、多くのカヌーは今でもシナリがあり耐久性も高い木製の腕木を用いています。

腕木の先にはバランスを取るための浮が取り付けられます。実際には浮としての役目と同時に重りとしての役目もあるため、ここからは本来の呼称「アマ」を用いることとします。アマは本体と比較し、細く短く出来ています。そして左舷側へ張り出して取り付けられることで、左舷への転覆を防ぐ働きがあります。また、本体よりも小さいため、左舷へ体重を掛けることでウネリなどでアマが跳ね上がってしまうのも防ぐことが出来ます。同時にある程度の重量を持たせることで、重りとして右舷方向への転覆も予防可能。両サイドにアマを取り付ける必要がないのは、このためなのです。


アウトリガーカヌーの精神性

アウトリガーカヌーは、何もかもが便利な現代社会とは全く反対の精神をもつ乗り物です。一切の動力を使わずに、お互いを信頼しあう人間の力だけで海を渡っていく姿は何百年たっても変わることがありません。自然の力に抗うことなく流れや風をつかむには、野性的な感覚を研ぎ澄ますことも大切。

自然を尊重し、自分の命を預けるアウトリガーカヌーを大切にし、力を合わせて共に目的地を目指す仲間を信じる、ということが求められるのです。ごく当たり前な話ですが、しかし日常生活ではなかなか実践できないことでもあります。

仲間が集まったら挨拶しあう、アウトリガーカヌーや道具類は最大限の注意を払って丁寧に扱う、海でゴミを見たら拾う。このような小さな行動の積み重ねがあって、初めてアウトリガーカヌーに乗るにふさわしい人間として認められるのです。